平成14年4月5日
東京情報大学
学 長 松田 藤四郎
本日の式典には,ご来賓として東京農業大学学長 進士 五十八先生を始め,本学の設置母体である学校法人東京農業大学の役員及び校友会,連合後援会の皆様ならびに東京情報大学翔風会,後援会役員の皆様のご出席をいただいております。ここに厚くお礼申し上げます。
本学は昭和63年(1988年)に東京情報大学経営情報学部として発足しました。当初は経営学科と情報学科の2学科でしたが,平成8年に情報文化学科を増設し,さらに平成13年には経営学科,情報学科を改組し,経営情報学科,環境情報学科,情報システム学科とし,先きの情報文化学科と合わせて4学科体制になり,学部名も経営情報学部から総合情報学部に名称が変更されました。他方,大学院は平成4年に修士課程が,平成11年に博士課程が設置されました。このように本学は開学以来15年目を迎えた若い大学ですが,情報学に関する総合的学習と博士の学位が取得できる高度の研究が可能な大学として発展しております。
3月31日の朝日新聞に本学の学術フロンティア共同研究推進センターにおける研究の一部,NASAからの衛星受信で中国から飛来する黄砂の解析が紹介されたのも先進研究の一つです。 皆さんの勉強したいこと,研究したいことには十分に応えうる大学でありますから,自ら進んで学びたい分野,学習方法への注文などを先生方に素直に申し出て,悔のない学生生活を送ってください。
東京情報大学は,先ほど述べたように学校法人東京農業大学によって設置されました。東京農業大学は私学の農学系大学では我が国で最も古い戦前からの大学で今年創立百十一年目になり,国内外で高い評価を受けています。その東京農業大学が何故東京情報大学を開設したのか,よく尋ねられることなので,本学の建学や教育の理念を含めて,お話しをしておきたいと思います。
東京農業大学の創始者は,明治の英傑榎本武揚です。榎本武揚は募臣ですが,幕府が開設した長崎海軍伝習所でオランダ軍人から近代軍艦繰練術を学び,その後幕府留学生第1号としてオランダに留学しました。足かけ5年(1862年〜1867年)におよぶ留学期間中に軍艦に係わる繰練術,砲術,機関学,気象学,国際法などの他に数学,物理学,化学,生物学を学びました。(語学はオランダ語,英語,フランス語,ドイツ語,ロシア語の5カ国に通じていたといわれています。)彼は海軍士官として一流の海軍の専門家に成長しました。しかし,彼の真骨頂は,国力は軍事力を支えている経済力にあり,近代国家の経済力は工業力で,工業を支えている基礎学は物理学と化学であることを見抜き,その応用技術に深い関心を持ったことです。
また,農業技術の進歩,農業開発が工業化のための資本の原蓄に欠かせないことを知り,生物学の応用としての農業技術の改良,農業開発に関心をもちました。このことが,東京農業大学の前身,育英黌農業科の設立となったわけです。
一方,榎本武揚は電信技術が海軍ばかりでなく,近代国家になくてはならない重要な技術であることを認識しました。日本人として始めて意識した人です。彼はオランダの下宿先にモールス電信器を買い込み,練習を積み重ね,それをマスターしました。彼は幕府がオランダに注文し建造した開陽丸に乗って風雲急を告げる明治維新前年に帰国しますが,そのときモールス電信器を持ち帰ります。日本最初のモールス電信器でデジタル情報通信の始まりです。
榎本武揚は,皆さん,ご承知のように幕府海軍副総裁になり,幕府海軍を引きつれ戊辰戦争最後の戦となった北海道,箱館五稜郭で戦います。敗れて,敗軍の総責任者として因われの身となりましたが,彼の才能が惜しまれ,一命をとりとめます。
榎本武揚は明治新政府きっての国際人,知識人,一級の官僚として薩長藩閥内閣のなかで幾つもの大臣を歴任し,子爵の爵位を受けます。彼は文部大臣,外務大臣,農商務大臣を務めますが,最初の大臣が明治政府初代の逓信大臣,昨年まであった郵政省の前身の大臣です。電信技術の重要性をいち早く認識し,モールス電信器を日本に持ち帰った最初の日本人としてその知識と技術が評価されてのことです。ここまで話しをしますと,大抵の方は榎本武揚と東京農学大学,榎本武揚と東京情報大学との係わりをわかってくれます。
皆さん,榎本武揚は何事についても好奇心旺盛なパイオニアスピリットの持ち主で,明治という新しい時代を切り拓いていきました。二十一世紀の高度情報化社会にチャレンジする東京情報大学は,この榎本武揚の「新しい時代を切り拓く」を建学の精神として受け継いでいきたいと思います。また,榎本武揚は先程述べたように基礎学のうえに実践的な応用技術に力を注ぎました。すなわち実学を重んじた人です。皆さん,情報学の基礎学を学んだらその応用に力を注いでください。実習,演習をとおして実学思想を身につけてください。東京情報大学の教育理念を現代実学主義教育におきたいと思っています。
さて,皆さんが学ぶ情報学に欠かせないのがコンピューターです。このコンピューターは日進月歩の勢いで進歩を逐げています。したがって,ハードのうえに組み立てたシステムもすぐ陳腐化(オプソーレンス)します。コンピューターの進歩に常に敏感であり続けてください。ご承知のように,世界で初めて大型コンピューターが出現したのは,第2次世界大戦後の1946年のことです。アメリカ国防総省が弾道計算を目的に作ったENIACは1万8千本の真空管が使われ,重さ30トンもあり,多大な電力を消費しました。それが今では僅か親指の爪ほどの大きさのチップで,同程度の性能をもっています。これまでもコンピューターは18ヶ月ごとに処理能力が2倍に増加し,サイズは半分になってきました。
1年少し前に世界最大の半導体メーカー,米インテルがパソコンの頭脳にあたる超小型演算処理装置(MPU)の能力を大幅に向上させる超微細トランジスタの新技術を開発しました。今のMPU「ペンティアム4」の10倍以上の能力向上です。また,動作周波数も今の1.5GHzから10GHzという超高速演算ができます。どれ位早いかといえば,まばたきする瞬間(約50分の1秒)に4億回の演算処理ができます。これが実用化されれば,同時通訳,人物認識など多方面に利用されます。しかし,この米インテルの新技術でも,未来型素子利用の「単一電子トランジスタ」にいたる過度的なものと言われています。30年後には今日のデスクトップパソコンに相当するコンピューターは「100万倍」も強力になり,しかもトースター並に安く,万年筆の中に入るほど小さくなっているだろうと言われています。
皆さんが勉強する情報学はコンピューターを作ることではありません。コンピューターを利用することですからコンピューターの開発方向に関心をもちつづけてください。
皆さん,もう一つ情報という意味を心に留めておいて下さい。
日本語で情報という言葉を初めて使った人は,明治の文豪森鴎外だといわれています。森鴎外はドイツ語のナーハリヒトという言葉を情報と訳しました。日本語の情報に対応する外国語は英語ではインフォメーション,フランス語ではアンフォルマシオンです。事実を伝えるという意味です。ドイツ語のナーハリヒトもニュースという意味で使われています。つまり,いずれも「報(知らせる)」ということですが,さすが文豪森鴎外はそれに情をつけ情報としたわけです。知らせるだけだとコンピューターでよいと思いますが,情報化社会では人間の心,情,すなわちセンチメントな面が大切だということです。先生と学生とのコミュニケーションはインターネットでよいという人もおりますが,私は,教育はフェース・ツー・フェースという顔を合わせたコミュニケーションが大事だと思っております。
二十一世紀前半の主役は情報学を身につけた皆さんです。しかし,高度情報化社会は二十世紀工業化社会の負の遺産を背負っています。人口圧力の高まりによる食糧問題,化石エネルギーの多消費による地球温暖化,化学物質の多投による土壌や水質の汚染などの環境問題,ダイオキシン,環境ホルモン,BSEなど食の安全性問題など解決しなければならないことが,山積しています。これらの問題を解決し,あるべき循環型社会をどう設計するか,また,二十一世紀文化をどう創造するのか。情報を学ぶ皆さんは,これらの問題との係わり,新しい社会,文化との係わりについて常に意識して勉強して欲しいと思います。
いろいろ述べましたが,最後に,実習,演習で先生とのつながりを深め,また,課外活動を活発にして人格の陶冶とたくさんの友人を作ってください。学校法人東京農業大学のファミリーには東京情報大学の他に東京農業大学,同短期大学部,東京農業大学第一高等学校,第二高等学校,第三高等学校,それに成人学校があります。いろんな機会にきずなを深めてください。 それでは健康には十分留意し,二度とない学生生活をエンジョイし,かつ悔いのない有意義な生活を送られることを希望して式辞といたします。
平成14年4月5日
東京情報大学
学 長 松田 藤四郎